遺言で失敗した事例
1 失敗事例①(形式面のミス)
⑴ 失敗した遺言書
Xは、「ここちゃん」とあだ名で呼んでいる長女に自分の財産をすべて相続させたいと考え、以下のような文言で遺言書をワープロで作成して保管しました。
「私は、ここちゃんにすべての財産を相続させる。X」
しかし、このような文章を作成したとしても、有効な遺言書として認められる可能性は低いです。
⑵ ミスの理由
まず、法律上定められた形式面からいえば、自筆証書遺言書(公証役場などを利用しない自分で作成する遺言)は原則、全文、日付及び氏名を自署し、これに印を押さなければなりません。
その点、上の失敗した遺言書では、自署ではなくワープロで作成されており、日付の記入もなく印もありません。
そのため、法律上定められた書き方ができていないため、形式面で遺言として認められない可能性が高いです。
また、法律上明確に定められているわけではありませんが、それ自体が遺言であることが不明確だったり、その内容が不明確であったりすると、有効な遺言書であると認められない、又は争いになる場合があります。
上の失敗した遺言書では、「遺言書」などと明確にしていないため、単なるメモではないかとの疑いが生じたり、相続させたい人があだ名で書かれており、誰に相続させたいのかが特定できず不十分になってしまうという点が懸念されます。
そうした点からも有効な遺言書として認められない、又は争いが生じる場合があるのです。
⑶ 修正例
「遺言書 遺言者は、遺言者の長女●●(生年月日)に、遺言者の全ての財産を相続させる。 令和〇年〇月〇日 遺言者X㊞」(すべて自署したものとする。)
2 失敗事例②(余計な文言を書いてしまったミス)
⑴ 失敗した遺言書
Xは、預貯金1000万円しか財産を有しおらず、妻Y1と子どもY2がいた。
この預貯金は、残される妻Y1の生活費にしようと、次のような遺言書を作った。
「遺言書 遺言者は、遺言者名義の預貯金1000万円を、遺言者の妻Y1(生年月日)に相続させる。 令和〇年〇月〇日 遺言者X㊞」(すべて自署したものとする。)
しかし、この遺言書では、せっかく遺言書を作ったにもかかわらず、Y1とY2とで改めて遺産分割協議を行わなくてはならない可能性があります。
⑵ ミスの理由
この遺言書ですと、例えば、Xが遺言書を作ってからその残高に変化が生じ、亡くなったときに残高が1000万円ではなかった場合に特定がされていないと争いになる場合があります。
また、Xが亡くなったときに、1000万円よりも多かった場合、1000万円よりも多い部分については、遺言書の内容に書かれていないことになり、改めて遺産分割協議を行う必要が生じる可能性があります。
遺言書の内容はできる限り、遺言者の意思に沿うように解釈するよう裁判所が判断したことがありますが(最高裁昭和58年3月18日判決など)、やはり、争いのもとを避けるためには、預貯金のような遺言書作成時から変動が予想されるものについては、どこまで特定するのかといった記載内容について十分注意する必要があります。
⑶ 修正例
「遺言書 遺言者は、遺言者名義の▲▲銀行・普通預金・口座番号……の預貯金を、遺言書の妻Y1(生年月日)に相続させる。 令和〇年〇月〇日 遺言者X㊞」(すべて自署したものとする。)
3 失敗事例③(相続予定の人が先に亡くなってしまった)
⑴ 失敗した遺言書
Xには妻も子供もおらず、兄弟はいたが疎遠で、仲の良かった従妹Z1に全財産を残し、仮にZ1が亡くなったときはその子Z2に財産を残したいと思った。
そこで、次のような遺言書を作成した。
「遺言書 遺言者は、遺言者の従妹Z1(生年月日)に、遺言者の全ての財産を相続させる。 令和〇年〇月〇日 遺言者X㊞」(すべて自署したものとする。)
そして、Z1が死亡していたら、自動的にZ1の子どもであるZ2が相続すると思っていた。
⑵ ミスの理由
遺言書で財産を受け取る人が遺言者より先に死亡すると、原則、その部分については無効になります。
そうすると、仮にXが、Z1が受け取らない場合は、その子どものZ2に渡したいと思っていたとしても、法定相続人であるその兄弟たちが相続することになってしまいます。
このような事態を避けるためには、予備的条項が有効です。
予備的条項とは、Z1が先に死亡していた場合にどのように相続するかを遺言書の中に記載することで、Z1が相続する部分が無効になったとしても予備的条項は有効になるため、Z2に相続させることが可能になります。
⑶ 修正例
「遺言書
第1条 遺言者は、遺言者の従妹Z1(生年月日)に、遺言者の全ての財産を相続させる。
第2条 上記Z1が、遺言者より先に、もしくは同時に死亡した場合は、遺言者の全ての財産を上記Z1の長男Z2に相続させる。
令和〇年〇月〇日 遺言者X㊞」(すべて自署したものとする。)
4 失敗事例④(保管場所のミス)
⑴ 失敗した遺言書
遺言書を作成したXは、無くしたり、改ざんされてはいけないと思い、自分の貸金庫の中に、自筆証書遺言をしまっておいた。
⑵ ミスの理由
貸金庫に入れてしまうと、そこに入れたと誰かに伝えない限り、相続人がその存在を知ることは困難になってしまいます。
また、貸金庫の中に遺言書があると相続人が知っていたとしても、貸金庫は、原則、その利用者が死亡してしまうと、その人の相続手続きをしない限り、出し入れはおろか中の確認すらも困難になります。
つまり、面倒な遺産分割協議を避けるという側面を有する遺言書を見るのに、遺産分割協議が必要になるという本末転倒な事態になってしまいます。
事実実験公正証書を公証人に作ってもらうことを条件に貸金庫の開扉と遺言書の持ち出しに応じる金融機関もありますが、必ず応じてもらえるわけではない上に、事実実験公正証書の作成に対し、消極的な公証人もいますので、やはり、貸金庫で保管しないことが、相続人に余計な負担をかけないためにも重要です。
参考リンク:日本公証人連合会・事実実験公正証書
⑶ 修正例
自筆証書遺言の保管について、手元に残しておくことが不安でしたら、法務局の「自筆証書遺言保管制度」を利用することが考えられます。
また、この制度は、手数料はかかってしまいますが、紛失や改ざんなどを防止しつつ、相続開始後、相続人によって、遺言書があるか調べることができる、検認の手続が不要など、貸金庫で保管するよりも保管方法として利点が多いものになります。
他にも、自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言を利用することで、紛失や改ざんの防止をしつつ、遺言書を保管することができます。
参考リンク:法務省・自筆証書遺言書保管制度
5 遺言の作成をお考えの方はご相談ください
以上の失敗事例は、代表的なものであり、専門家以外の人が作成したさいに起こりうる事例のひとつにすぎません。
実際にはもっと多くの失敗事例があり、中には、専門家でないと、正しいものと比較しても、「何が違うのか分からない」というものもあります。
遺言書は自分で作成することができるとはいえ、その作成には数多くの落とし穴があります。
しかも、その落とし穴に気が付くのは、作成した自分が亡くなり、もう修正することができない状況であることも多いのが実情です。
このような落とし穴を避け、自分の希望する相続を将来行い、残される家族を相続の紛争から守るためには、遺言書作成の経験豊富な弁護士に相談することが重要です。